グロース市場「上場5年で時価総額100億円」と小型株の非公開化:取締役会の選択肢と小さなディールの算術
Japan's ¥10bn Growth-Market Hurdle and the Small-Cap Take-Private: Board Options and the Arithmetic of Small Deals
東証は2030年3月以後、グロース市場の上場維持基準を「上場5年経過後に時価総額100億円以上」へ引き上げる。2025年3月末時点で時価総額40億〜100億円の約200社が新基準で影響を受ける。自力成長、スタンダード市場への移行、売却、MBO・PEによる非公開化を比べたうえで、公正性担保措置の要求水準、公開買付代理人手数料にみる小型案件の固定費負担、2026年9月に公表された2件のグロース市場TOBの開示内容を示す。
目次(7項目)
東京証券取引所は、グロース市場の上場維持基準を「上場10年経過後に時価総額40億円以上」から「上場5年経過後に時価総額100億円以上」へ改める。改正規則は2025年12月8日に施行され、時価総額基準そのものは2030年3月1日から施行される。東証が示した改正の趣旨は、機関投資家の投資対象となり得る規模への早期の成長を促すことに加え、「企業間のM&Aや起業家の次なる創業などを促進する」ことにある。つまり制度の側が、小型上場企業に対して M&A を選択肢の一つとして正面から並べている。
あと3年半ほどで、時価総額100億円に届かない上場企業の取締役会は、自力で成長して基準を満たすのか、スタンダード市場へ移るのか、それとも売却や非公開化を選ぶのかを決めることになる。以下では制度の中身、選択肢ごとの論点、非公開化を選んだ場合の手続と費用、そして2026年9月に公表された2件のグロース市場の公開買付けを順にみる。PE ファンドによる大型非公開化の全体像は別稿(PE主導の非公開化が加速する日本株市場)で扱った。ここでは時価総額数十億〜100億円規模の会社に絞る。
何が変わるのか:判定は2030年3月以後最初の事業年度末から
東証の見直しの概要(2025年9月26日)によれば、新基準は2030年3月1日以後最初に到来する事業年度の末日から適用される。3月決算会社なら2030年3月末が最初の判定日になる。基準に適合しなかった場合は1年間の改善期間に入り、その間に適合しなければ監理・整理銘柄の指定を経て上場廃止となる。
例外もある。追加期間を設けて基準への適合を目指す計画を開示した会社は、その計画期間のあいだ上場を続けられ、計画期間の期限は定められていない。ただし同じ資料は、見直し前の基準(上場10年経過後40億円)にも適合しない状態になった場合には「改善のための期間を設けず速やかに上場廃止を決定」すると明記している。また、時価総額が100億円未満の会社には、「事業計画及び成長可能性に関する事項」で新基準への適合を意識した成長戦略を記載することが求められる。
時価総額の算定方法は従来どおりで、事業年度末日以前3か月間の日々の終値の平均に、期末の上場株式数を掛けた額で審査される(東証「時価総額」)。株価が一時的に上がっても、3か月平均で届かなければ意味がない。
猶予の計画を出せば当面は上場を続けられるが、東証自身が同じ資料に載せたデータは厳しい。市場区分見直しの際に設けられた経過措置で、計画期間が長い会社ほど時価総額の減少率が大きく、東証は「長い期間の計画を開示した上場会社は、投資者から評価されず株価が下落」と総括している。猶予は時間を買う手段であって、評価を買う手段ではない。
影響を受ける会社の数と、100億円という水準の根拠
東証の2025年4月22日のフォローアップ会議資料によると、2025年3月末時点のグロース市場上場会社615社の時価総額の中央値は60億円だった。時価総額40億円未満が224社、40億〜100億円が198社で、合わせて422社、全体の68.6%が100億円に届いていない。東証は、今回の見直しで影響を受ける40億〜100億円の会社を約200社とし、そのうち約140社はスタンダード市場への市場変更基準に適合する一方、約60社は利益の額(年1億円)が未達だと試算した。
100億円という水準の根拠は、機関投資家の投資下限である。同じ資料には中小型株を運用する機関投資家へのヒアリング結果が並び、「投資対象の下限を100億円と定めている」といった声が載る。国内中小型株ファンド上位10本の組入れ企業764社を調べた集計では、時価総額100億円以上の企業が社数ベースで97%を占めた。100億円未満の会社は、上場していても機関投資家の買い手がほとんどいない。流動性が乏しく株価が割安に放置されやすい構造は、基準の引上げより前から存在していたことになる。
取締役会の選択肢は5つある
時価総額100億円に届かない会社の取締役会が検討する選択肢は、大きく次の5つに整理できる。
| 選択肢 | 中身 | 主な |
|---|---|---|
| 自力成長 | 成長投資・IR強化で2030年以後の判定時に100億円を超える | 3か月平均で継続的に超える必要。計画の信頼性が株価で試される |
| スタンダード市場への移行 | 市場区分を変更して上場を維持 | 上場維持コストは残る。機関投資家の買い手不足は解消しない |
| 戦略的買い手への売却 | 事業会社による TOB と完全子会社化 | シナジーを価格に反映しやすい。独立性は失う |
| MBO・PE による非公開化 | 経営陣と投資ファンドが買収目的会社を通じて TOB | 構造的な利益相反への手当て。LBO ローンの返済負担 |
| 経営統合 | 同業との株式交換・合併で規模を確保 | 統合比率の公正性。統合後に100億円を超えるか |
スタンダード市場への移行については、東証が先回りして障害を取り除いた。グロース市場からの市場区分変更では、利益の額に関する形式要件(最近1年間の利益1億円以上)を適用しないことにし、2025年12月8日の施行日以後の申請から適用している。残る主な要件は、株主数400人以上、流通株式2,000単位以上、流通株式時価総額10億円以上、流通株式比率25%以上である(東証資料)。
ただし移行は問題の先送りでもある。上場を続ける以上、開示・監査・株主総会・IR の費用は毎年かかり続け、機関投資家の投資下限という構造も変わらない。オーナー一族が大株主に残る会社では、ガバナンス面の負担も増える。東証は2026年7月に、40%以上の議決権を持つ株主グループ(主要株主とその近親者、資産管理会社等を含む)がいる上場会社などに対し、取締役選任議案ごとに少数株主の賛成割合を開示させる規則改正を行った。少数株主の賛成が50%に届かなかった議案があれば、反対理由の把握に向けた取締役会の対応方針も開示しなければならない。適用は2026年12月1日以後に終了する事業年度に係る定時株主総会からである。
非公開化を選ぶ場合の手続:何が「望ましい」とされ、何が義務か
経済産業省の「公正なM&Aの在り方に関する指針」(2019年6月28日)は、MBO および支配株主による従属会社の買収を中心に、手続面から公正な M&A の在り方を示したものである。小型株の非公開化で関係する公正性担保措置の扱いは、次のとおりである。
- 特別委員会:MBO 等では設置することが望ましいとされ、買収提案を受けた場合には「可及的速やかに」設置することが望ましいとされる。
- フェアネス・オピニオン:取得の要否は、対象会社の取締役会や特別委員会が個別の M&A の具体的状況を踏まえて判断することが適当とされる。必須ではない。
- マジョリティ・オブ・マイノリティ(MoM)条件:常に設定することが望ましいとまでいうことは困難とされ、設定しない場合には他の公正性担保措置を充実させて補うことが重要とされる。
小型株にとって見逃せないのは、同指針が関係者に「リスク回避に傾くことなく、費用対効果の視点も含めてバランスのとれた対応をとることが求められる」と書いている点である。措置の数を積み上げることより、実効的に機能しているかが問われる。案件規模が小さいほど、どの措置を採りどれを省くかの理由づけが重くなる。
経産省が2023年8月31日に公表した「企業買収における行動指針」は、上場会社の経営支配権を取得する買収を広く対象とし、企業価値・株主共同の利益、株主意思、透明性の3原則を掲げた。取締役会は「真摯な買収提案」に対して「真摯な検討」を行うべきとされ、具体性・目的の正当性・実現可能性のある提案を恣意的に解釈して安易に断ることは避けるべきとされる(同指針の内容はJPX 金融商品取引法研究会の報告資料による)。グロース市場の小型株に事業会社や PE から打診が来たとき、社外取締役が最初に向き合うのはこの規範である。
指針はベストプラクティスだが、上場規則上の義務になった部分もある。東証は2025年7月22日施行の改正で、MBO や支配株主・その他の関係会社による完全子会社化を決定する場合に、独立した社外取締役・社外監査役・社外有識者で構成する特別委員会から「一般株主にとって公正であることに関する意見」を入手し、開示することを義務づけた。意見には、取引の是非、取引条件の公正性、手続の公正性についての特別委員会の検討と判断を含める必要がある。
公開買付けの制度も変わった。令和6年金融商品取引法改正で、いわゆる30%ルールが市場内取引(立会内)にも及ぶことになり、関係政令・内閣府令は2026年5月1日から施行されている。浮動株の少ない小型株で、市場で静かに買い集めて支配権を固める手法は使えなくなった。非公開化は、公開買付け(TOB)とスクイーズアウトの二段階で正面から進めるのが標準になる。
小さなディールほど重い固定費
非公開化の費用のうち、公開情報から金額を確認できるものは限られる。ファイナンシャル・アドバイザー、法律事務所、第三者算定機関の報酬は通常開示されない。公開買付届出書には「買付け等に要する資金」の欄があり、公開買付代理人に支払う手数料の見積額が記載される。弁護士報酬等については、たとえば下記 HYUGA PRIMARY CARE 案件の届出書が「その額は本公開買付け終了後まで未定」と注記している。
開示された手数料を買付代金と比べると、規模による差がはっきり出る。
| 案件 | 買付代金 | 買付手数料 | 比率 |
|---|---|---|---|
| HYUGA PRIMARY CARE(JG44) | 84.3億円 | 1.00億円 | 1.19% |
| プロジェクトホールディングス(TX1) | 120.3億円 | 0.65億円 | 0.54% |
| デジタルホールディングス(博報堂DYホールディングス) | 271.0億円 | 1.20億円 | 0.44% |
| テクノプロ・ホールディングス(ビー・エックス・ジェイ・イー・ツー・ホールディング) | 5,074.1億円 | 5.00億円 | 0.10% |
買付代金が約60倍違っても、手数料は5倍にしかならない。代金比で見ると、最小案件の負担率は最大案件の12.0倍である。代理人手数料は全体の費用の一部にすぎないが、アドバイザー報酬や特別委員会の運営費、株式価値算定の費用も案件規模に比例しては下がらないとみるのが自然だろう。時価総額50億円の会社と5,000億円の会社で、特別委員会の検討項目や開示書類の分量はさほど変わらない。
後述の2件は、いずれもフェアネス・オピニオンを取得しておらず、MoM 条件も設定していない(各社の開示による)。
2026年9月の2件:グロース市場の非公開化はどう設計されたか
以下は、いずれも対象会社と公開買付者が公表した資料の記載に基づく。
HYUGA PRIMARY CARE:PE ファンドと組んだ MBO
グロース市場上場の HYUGA PRIMARY CARE は2026年9月25日、日本成長投資アライアンス(JGIA)のファンドが出資する JG44 による TOB に賛同し、応募を推奨すると公表した。買付価格は1株2,110円で、公表前営業日の終値1,343円に対して57.11%、直近6か月平均1,145円に対して84.28%のプレミアムである。同社は、2019年6月28日以降に公表され2026年8月31日までに成立したファイナンシャル・スポンサーによる MBO 29件のプレミアム中央値(公表前営業日終値比42.4%)と比較している。新株予約権の行使分を含む株式数(本基準株式数7,427,072株)で換算すると、公表前の株式価値は約99.7億円で、100億円の線とほぼ重なる。
公正性担保措置をみると、特別委員会は独立社外取締役2名と独立社外監査役1名で構成され、委員報酬は固定額で成功報酬はない。設置は、JGIA とは別の PE ファンドから先行提案を受けた段階の2025年11月7日である。第三者算定機関から株式価値算定書は取得したが、フェアネス・オピニオンは取得していない。MoM 条件は、設定すると TOB の成立を不安定にし、応募を希望する一般株主の利益に資さない可能性があるとして設定していない。
資金調達は LBO の典型である。公開買付届出書によれば、福岡銀行とみずほ銀行の2行から各49.335億円を上限とする融資を受け、内訳はそれぞれ7年分割弁済のタームローンAと7年期限一括弁済のタームローンBで、金利は全銀協日本円 TIBOR に基づく変動金利、担保は対象者株式等である。ファンドからの出資は合計42.67億円で、上限額ベースでは資金の69.8%を借入れが占める。代表取締役社長らと事業会社の大株主が保有する合計46.22%は応募しない合意で、非公開化後の持分比率の調整には自己株式の公開買付けも組み合わせる設計である。
同社は非公開化の理由として、上場を維持したままでは短期的な株価下落を避けるために成長投資を十分に行えないことに加え、有価証券報告書等の開示、監査、株主総会運営に要する費用を削減できることを挙げている。
プロジェクトホールディングス:事業会社による完全子会社化
同じくグロース市場上場のプロジェクトホールディングスは2026年9月28日、テクノプロ・ホールディングスの完全子会社 TX1 による TOB への賛同と応募推奨を公表した。買付価格は2,200円で、公表前営業日の終値1,110円に対して98.20%、直近6か月平均1,049円に対して109.72%のプレミアムである。比較対象とした非公開化目的の TOB 120件のプレミアム中央値は、公表前営業日終値比で43.13%だった。本基準株式数5,693,559株で換算した公表前の株式価値は約63.2億円で、東証が影響を受けるとした40億〜100億円の帯に入る。
筆頭株主の SBI ホールディングス(28.65%)、代表取締役 CEO(15.51%)、投資事業有限責任組合(15.10%)の3者が、合計59.27%について応募を合意している。このため公開買付者は、MoM 条件を設けると成立が不安定になるとして設定していない。対象会社は独立社外取締役3名で特別委員会を設置し、第三者算定機関から株式価値算定書を取得したが、フェアネス・オピニオンは取得していない。算定機関の報酬は固定報酬のみである。資金は親会社による最大121.1億円の出資で賄い、借入れは予定されていない(公開買付届出書)。
非公開化の理由には、事業会社グループの経営資源の活用に加えて、上場維持に開示対応、株主総会運営、IR 活動、内部統制などの「一定の固定的なコスト及び経営資源」が必要となることが挙げられている。
2件から読み取れること
一方は PE と経営陣による LBO、もう一方は事業会社による現金買収で、買い手の性格は正反対である。それでも共通点が三つある。プレミアムが同種案件の中央値を大きく上回ったこと、フェアネス・オピニオンを取得せず MoM 条件も設定していないこと、上場維持の固定費を非公開化の理由に明記したことである。100億円前後の時価総額では、上場の便益が小さい一方で費用は固定的にかかる。その差を、買い手が高いプレミアムとして一般株主に払い戻している構図と読める。
2030年までの時間をどう使うか
判定まで時間はあるが、選択肢ごとに準備に要する期間は違う。取締役会が早めに確認しておきたいのは次の点である。
- 自社の時価総額を「事業年度末以前3か月平均」で試算し、2030年3月以後最初の判定日までに100億円を超える道筋を、株価ではなく利益と資本効率の計画として示せるか。
- スタンダード市場への移行を選ぶ場合、移行後も残る上場維持コストと、機関投資家の買い手不足という構造を織り込んだうえで、上場を続ける理由を株主に説明できるか。
- 支配株主・その他の関係会社・オーナー一族がいる場合、2026年の少数株主賛成割合の開示や、完全子会社化時の特別委員会意見の義務化に耐える独立社外取締役の体制があるか。
- 買収提案を受けたときに特別委員会を速やかに立ち上げられるよう、委員候補、独立したアドバイザーの選定方法、委員報酬(固定報酬)の決め方をあらかじめ整理しているか。
- フェアネス・オピニオンや MoM 条件を省く可能性がある場合、その判断理由と代わりに厚くする措置を、特別委員会の記録として残せるか。
Abundia Advisory は、小型上場企業の非公開化を、価格の妥当性だけでなく、案件規模に見合った公正性担保措置の組み合わせと、その説明の筋道まで含めて設計することを重視している。